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MP3 本、雑誌、コミック エンターテインメント 超常、オカルトに関する旅行記

2006冬、アメリカ旅行記(11):2月28日(1)ラスベガ...

<2006年2月27日(月):アメリカ時間>

 ラスベガスでは、一切のオプショナルツアーを申し込まず、自由行動だけにしました。ガイドさんが勧めてくれた、市内観光も一切お断りしました。バスとタクシーで十分に観光できると考えたからです。
 コートの襟を立てた昨日のニューヨークとは打って変わって、真夏日を思わせるラスベガスでした。25度Cを遥かに超えていたように感じました。昨日の最低温度とは、40度C近い気温の変化です。

<少し遅い起床、朝食>
 昨日の内に、グランドキャニオン半日旅行は諦めていましたから、ゆっくり起床して、9時に集合の約束にしました。昼間のラスベガス市内観光を予定でした。朝食は、泊まったホテルのミールクーポンを使って済ませました。
 そのレストランは、先に食事を済まされた荒金さんが教えてくれました。カジノの一角から、エスカレーターで上った場所に、そのお店はありました。私達二人が食事の間、荒金さんはスロットルマシンをしながら待ってくれました。
 昨晩の成果等の情報交換をしながら、昼のラスベガス見学に出かけました。その成果は、個人情報の保護のために公表は差し控えます。さすがに朝の時間はお客の数は減っていましたが、24時間営業は間違いないようです。ゲーム機からは、大量のお金が集金されていました。この場面を見てしまいますと、余りゲームに深入りはしたくなくなります。

<ラスベガスの歴史>
 市内見学の前に、インターネット情報を参照しながら、ラスベガスの紹介をしておきます。一言で言えば、カジノからはじまり、総合レジャーランドを経て、大人向けの高級総合アミューズメントと国際コンベンション都市への変容の最中のようです。
 1829年、メキシコ商人のラファエル・リベラによって発見された、モハベ砂漠のなかのオアシスがラスベガスの始まりです。この一帯は砂漠地帯だったため、水を補給出来るところがなく、交通の難所でした。この泉の発見により、ロサンゼルスまでの中継地として、ラスベガスは重要な位置を占めるようになりました。
 後に、モルモン教徒らの入植、1890年には鉄道時代の到来で、投資補給基地として発展を続け、1911年にラスベガス市に制定されました。
 1931年にカジノが合法化され、1940年代に、次々とカジノホテルが建設されました。有名なギャング、『ベンジャミン・シーゲル』が建てたフラミンゴ・ホテルが、建設ラッシュのきっかけになました。しかし、600万ドルの豪華ホテルの客は少なく、休業に追い込まれました。その責任を責められて『ベンジャミン・シーゲル』は暗殺されたようです。
 1990年代に入り、次々と登場したテーマパーク型巨大ホテル群が出現し、ラスベガスはギャンブルの街から、家族ぐるみで楽しめる総合エンターテインメントシティーへと変容しました。
最後に、ラスベガスを示す主要な数字を紹介しておきます。
*主要ホテル数 :約70
*その合計客室数 :約134000室
*モーテル数 :約150
*その合計客室数 :約14000室
*市内の人口 :約65万人

<ラスベガス、昼の散策>
 この日のラスベガスは、日陰が恋しくなる、日本の真夏を思わせる陽気でした。気温は25度Cを超え、30度Cくらいまで上昇したようです。こちらでは摂氏ではなく、華氏での表示ですから、換算に手間取ります。摂氏30度の華氏への換算は、(30*9/5+32)ですから、86度Fとなります。
 ワシントンDC見学の時の現地ガイドさんは、華氏から摂氏への換算の略算式を教えてくれましたが、メモを取りませんでしたから、詳しくは覚えていません。引き算、2割引等の項目だけが頭に残りました。
 そこで、原式から私なりに換算して暗算できる式を作ってみました。『華氏から30を引いて、その半分から、寒い時はそのまま、気候が良い時は1度Cプラス、暑い時は2度Cプラス』です。これを当てはめて略算しますと、やや寒い50度Fの場合は誤差無し、気候の良い70度Fの場合、0.1度C、暑い90度Fの場合は0.2度Cの誤差であり、いずれも1度以内に収まりました。
 くどくなりついでに、私の略算式の算出過程を簡単に説明しておきます。度C=5/9(度F-32)=50/100(度F-30)+α、α={5.6/100(度F-30)-2*50/100}={5.6/100(度F-30)-1}です。αは、20度Fから90度Fの範囲で、試算して求めた値を丸めました。
 寄り道が過ぎて、ラスベガス紹介は割愛です。写真編をご覧ください。

<自由行動、ベネチアン・ホテル>
 今日の昼食は、中華料理店を探しました。皆さんの意見が、『麺を食べたい』で集約できたからです。しばらく探して、あるカジノホテルの前に、その看板が見えました。早速、その店を探しましたが、中々見付かりませんでした。
 やっと、探し当てた店でしたが、中々注文を取りに来てくれず、注文の後でも随分待たされました。お店のシステムがうまく機能していないようでした。海鮮麺はボリュームたっぷりでしたが、サービス面では問題がありましたから、チップは最小限にしておきました。昼食の後は、夕方まで、自由行動になりました。
写真を撮りながら見学したデラックスホテルの中でも、ベネチアン・ホテルが印象に残りましたから、ガイドブックを参照しながら、このホテルのことを紹介しておきます。
 その名の通り、ベネチアをテーマにした最高級ホテルです。20億ドル(約2400億円)、スイートルームだけの最終6千室を目標として、現在は4千室以上が完成しています。高くても、宿泊予約を取るのが大変な人気ホテルのようです。
 泊まることはできなくても、一見の価値は十分にあります。ラスベガスの中でも特筆されるホテルの1つですから、写真も多めに収録しておきました。夕暮れの街が空を含めて再現され、実物のゴンドラが浮かぶ光景は、息を飲みます。写真編の方でご覧ください。見学料代わりに、カジノでお支払いしておきました。

<タクシーで、ダウンタウンへ>
 ダウンタウンのことを先に紹介しておきます。『ラスベガス発祥の地』とされる観光スポットです。今日においても、老舗のカジノやホテルや、この地区周辺には市役所を始めとする各種行政機関も集中していて、行政の中心地にもなっています。
 しかし、1990年代に入ってから、ライバルのストリップ地区の発展がめざましく、相対的にダウンタウン地区の人気が低下していきました。そこでダウンタウン商工会が一致団結し、7000万ドルという巨費を投じて1994年末からフリーモント・ストリートの大改装工事に着手し、1995年12月、210万個の電球を天井に散りばめた電飾アーケード『The Fremont Street Experience』が完成しました。これを機に、フリーモント・ストリートは、24時間歩行者天国の『世界一華やかなストリート』が出現しました。
 2004年6月の改装工事では、電飾アーケードの210万個の電球が 1250万個の発光ダイオードに置き換わり、描写できる映像の解像度が大幅にアップしました。
 1時間毎のパフォーマンスは、音響設備と連動して、迫力たっぷりの画面が展開されます。音声付の動画を収録しておきましたが、この小冊子では、お見せできないのが残念です。

<夕食は、今日もフラミンゴ・ホテルで>
 ダウンタウンの帰りには、かなり強い雨が降ってきました。しかしタクシーでの移動ですから、雨具の心配はありません。そのタクシーの中で、今日の夕食は、昨日と同じフラミンゴ・ホテルの中のレストランと決まりましたので、そのホテルへ直行しました。
 昨日のテーブル担当のご年配の女性の方は、お休みの日のようでした。ベテランの男性の方が注文を聞いてくれました。昨日の料理が、全部美味しかったので、つい同じ料理の注文が増えてしまいました。
 ワインも、昨日と同じように赤と白にしましたが、少し飲み過ぎていることを反省して、今日は2本だけにしておきました。

<夜はもう一度カジノで>
 夕食の後は、自由行動にしました。勝負事は、切り上げ時が肝心ですし、他の方の時間を気にしていたら勝負にもなりません。私の場合は、大きな勝負をする気持ちは、全くありませんでした。翌日が早朝の出発ですから、今日は3時や4時までの勝負とは行きません。
 それで、食事をしたフラミンゴ・ホテルのカジノでルーレットとスロットルマシンを楽しんだ後、早々に泊まったホテルへ戻って、ここで少しだけスロットルマシンと、ポーカーを楽しみました。ポーカーは、ゲーム機相手の勝負です。
 スロットルマシンは、2、300ドル位までが限度でした。それ以上の勝には、中々ならないことが3人での情報交換でも共通していました。そこで換金もできますが、最初から、遊びの積りでしたから、無くなるまで勝負しました。ポーカーの方は、ビールを頼んだスタンドバーの機械です。こちらは10ドル出発で25ドル位になりましたが、それがピークでした。
 翌日のことを考えて、12時前には部屋に戻りました。翌日お聞きしましたが、全員、早仕舞でした。


  ベネチアン・ホテルで
 ベネチアの夕暮れ演じる室内に歌声乗てゴンドラ浮ぶ

  ラスベガスの夕食
 生牡蠣に酸味程良き白ワイン禁酒の時代超て生抜く

2010/08/28 10:08:49

ロンドン Part2...

ロンドン後半編。エンターテインメントが充実しているこの街は、どこに行っても飽きることがありませんでした。

2010/07/16 10:07:17

2008 イスタンブール 一人旅 Ⅴ(旧市内 街歩き)...

★ ヨーロッパの都として、1000年もの間繁栄していた、「ビザンチン帝国の首都、キリスト教都市コンスタンチノープル。
 
 誕生した時と、陥落した年月が、これほど、はっきりしている都は、他にないと言われています。・・1453年オスマントルコに陥落させられ、イスタンブールとなった、かつてのヨーロッパの都は、500年後の今も、不思議に輝いています。

 イスラムでありながら、ユーロ圏と共存し、モスクの内部には、マリア像のモザイクがある、Ayasofya。ユーロと米ドルとYTLが混在している街中は、ここがイスラムなのかヨーロッパなのか、混沌とした中に、キリスト教とイスラム教徒が共存している不思議な街、不条理なのか、自由なのか、一度は住んで見ないと判りません・・・・・

 そんな街の写真に合うBGMは?・何がいいでしょうか???


【これなど、いかがでしょうか??】
    ↓
http://homepage3.nifty.com/jryanai/index0802ist5cit.htm

【MP3 SANTANAバージョン】
  ↓
http://yanai.la.coocan.jp/indexsantana3.htm

2010/07/06 11:07:12

20100528-03. 束河古鎮の歌や踊りや...

某歩き方を見て、目論見としては15:00から少しだけ納西族さんの民族音楽。15:30からは、四方聴音広場で歌や踊りを…

15:00に民族音楽を聴きにいったら、それらしきステージは改修中かな。それなら、おとなしく15:30を待ちましょ。

んで、時間通りに開幕。あんま、民族舞踊って感じでは無かったですが、エンターテインメントとしては、なかなかえぇもん見せて貰ったって感じ。

2010/06/30 05:06:29

1002ドイツ~ベルリンの博物館★とりあえず写真だけ...

ベルリンに限った事ではないと思いますが、ドイツの博物館は、ディズニーランドさながらの演出と言うか、エンターテインメントの技術や子供のような興味をそそる仕掛けをこういう博物館にも使っていて、とても興味深くみる事が出来ました。
ドイツ人はこういうの上手いなー、と思わされる事がしばしばありました。

2010/06/26 09:06:04

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