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MP3 本、雑誌、コミック 子どもに関する旅行記
- 1998年東南アジア旅行10、パンコール島で手作り凧を揚げる...
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3月11日(水)クアラ・ルンプールからパンコール島へ向った。
まず10時45分出発のエアコンバスでマレー半島西海岸のルムッヘ、そこからパンコール・ビレッジ行きの船に乗り2番目の桟橋で降りる。
途中突然の腹痛で2度トイレに駆け込んだ。
その後乗り合いタクシーでパシール・ボガクビーチへと向ったはずが・・・?
途中予定していたパシール・ボガクで止まったようだが、ホテルへ行くように言うと
そのままビーチを通り過ぎ、先にあるテロッ・ニパーのビーチに向ってしまう。
やむを得ない、このベーチ近くのホテルHにチェック・インした。
3~4泊するからと1泊料金をかなりまけてもらう。
カラーテレビ、水洗トイレ、ホットシャワー、冷房付きで部屋も新しかった。
翌日さっそくビーチで凧揚げ、2カ所で駿河凧、六角凧を揚げる。
近くで泳いでいたマレー系の少女達はTシャツ、ズボンのまま泳いでいた。
やはりイスラム教徒だからだろう。
写真を撮りたかったが失礼にあたると思い、撮らなかった。
パンコール島は南北4,5km、東西2km程の小さな島で、車を使えば20分程度で一周できるらしい。
予定に反してテロッ・ニパーのビーチに来たのだが3泊しホテルの子ども達と凧揚げや折り紙作りを続けた。2010/07/31 11:07:45
- 恋し懐かし、厚木の町よ...
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ウクライナのキエフ、リヴォフ、ロシアのモスクワを経て、成田に戻りました。
ああ、明日から仕事かあ、こんなことなら、いっそのこと飛行機が・・・・・。
でも、仕方ありません。働かざる者、食うべからずです。
今日は子どもの日、ついに結婚できずに、人生終わる私でも、ゴールデン・ウィーク最後の休日は、過ごす権利くらいはあります。
ああ、そうだ。厚木に行こう。
厚木、それは、私にとって、学校を卒業して初めて、幸せを感じた町でした。
生き方が不器用で、大学では、学部中から後ろ指を、くらいでした。こういった先輩を、何人も見てきましたが、今度はこの私かあ。でも、辞職する、そんな勇気もなく、ため息の日々を、過ごしていました。でも、限界、ついに教授に、辞職願いを、さあどんなきつい事を言われるかと。「君がいなくなるのかあ、それは寂しいなあ、残念だなあ」と、優しく、満面笑みを浮かべて言いました。ここ最近、私を無視していたのに、この親しみをこめた態度。そうかあ、辞めて欲しかったんだァ。それなら、君を期待していると、よその教室に行かせたり(飛ばしたり)せずに、クビにしてくれたほうが・・・・
私は、このあと、沖縄のサトウキビ畑に、働きに行こうと思っていました。コバルトブルーの空、エメラルドグリーンの海、もうこれさえあれば、金もいらなきゃ、女もいらない。
こう考えている時に、大学時代、隣の部屋に住んでいた先輩から、俺のいる所で働けよと。こうして厚木に来ました。
大学に残っていたために、超貧乏、また新入大学生が、アパートを借り切っていたため、仕方なく風呂なしアパート「弁天荘」に。
風呂があっても、なくても、そんなことは、どうでもよいと気づきました。大学という「小さい北朝鮮」から、抜けられたのです。嬉しさ一杯です。また同じ職場に、頼りになる先輩がいました。
厚木の町、思いだせば、胸が熱くなるのです。まだあの、弁天荘は、あるのだろうかと。こうして、厚木にやって来たのです。2010/07/30 11:07:36
- 今年の夏は三人で信州へお出かけ(上諏訪温泉編)...
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6月頭から7月半ばまで、梅雨と同じくらいじっとりした仕事がいっぱい…。いつの間にやら我が息子は、つかまり立ちまで成長しているし…。賃貸暮らしのぺでぃまる家では十分遊ぶこともできず…。
我が息子が広い部屋でいっぱい遊ぶことができるよう、また妻が家事から解放されるよう、そしてぺでぃまるのリフレッシュのため、週末+有給1日使用してちょっとでも涼めそうなところを、出発3日前に決めて行ってきました。
子どものための上諏訪温泉編です。2010/07/30 03:07:46
- 2006年6月,写真展「旅で出会った子ども達」イン中津市...
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2006年6月20日(火)から25日(日)迄、大分県中津市の保育園で開いた写真展のDM(案内ハガキ)と保育園の子供達。
DMは、ポストカードをプリンター複合機でスキャンしたもので、画質はあまり良くない。
子供達の写真も、画質が良くないなあ。
室内撮影という事で、ISO感度を400に上げて撮ったようだが、シャッタースピードが20分の1秒程度で、手ぶれもあったのだろう。
デジタルカメラに慣れていない頃とは言え、もっとシャープに撮らなければ・・・。2010/07/29 04:07:54
- 2006年4月中国・雲南省の緑春、町で出会った子ども達。...
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ーここにアップした写真は、プレゼント用にフイルムカメラで撮ったものです。ー
2006年の緑春滞在最後の写真は、子ども、子ども.子ども・・・。
雲南省(中国)や東南アジアの少数民族の住む地は、田舎が田舎らしく子どもが子どもらしかった。
その事が、何よりもうれしい。
この子達の表情・しぐさを見ているだけで、毎日楽しかった。
そう遠くない日に少数民族の暮らす地に拠点を移し、彼らの暮らしをじっくり腰をすえて撮り続けたいと切に願う。
(子ども達の一部が手に持っているのは私がプレゼントした折り紙細工のサイコロ。)
私が生まれ育った大分県豊後大野市清川町周辺は、一部を除き田舎らしさを失い、、町もどきのつまらない風景に堕しつつある。
山や川はあちこちコンクリートで固められ、道路ばかりが拡張され続け、すでに老人ばかりの過疎地(今風に言えば,半限界集落)となってしまった。
子ども達の姿はほとんど見かけず、このままでは10年後には田畑は荒れ果てるだろう。
医者の確保さえすでに困難になってきているし、共同体としての機能をどんどん失っている。
まあ村時代には、選挙の度に金や菓子類が舞っていたとうわさされる土地柄だ(実際金で票を買おうとした輩の話も、何度か聞いているし、菓子類を配った者も知っている。候補者の一部だろうと思うが・・・)。
農業を支援し、日本の原風景を守り育ててきた農民の誇り・暮らしを取り戻さない限り、「ムラ」は淘汰されてゆく運命なのかも知れない。
私が大分で百姓をやる気も、やる必要もまるで無いが・・・。2010/07/29 01:07:45
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