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MP3 花、ガーデニング 植木 球根に関する旅行記

2010.9 越中八尾「おわら風の盆」(Part-2)...

 2010.9 越中八尾 「おわら風の盆」【Part-2】です。
★海外在住が永くて、「日本人を忘れそう!」な方!!!。
★地球の裏側まで旅行して、まだ、海外へ行きたいと思っている   方!!。
・・そんな方に、たまには、『日本人』を思い出していただくように、『越中八尾 おわら風の盆』です。

 毎年9月1日は、春分から210日目にあたり、台風に見舞われる風の厄災を鎮める祈りの踊りとして「風の盆」と言われてきたそうです。 他の地方の踊りと異なり、女性は編笠を深く被り、地方には、三味線に胡弓が加わり、独特の哀調を帯びたメロディーです。主旋律は三味線でなく胡弓が奏で、ときには、歌い手とは全く違う旋律を、延々と奏でているところが、他の地方の民謡と全く違います。 11の町が自主的な運営で、一堂に会する観光イベント的色彩はなく、唯一、9月1日と2日に行われる、八尾小学校での「演舞場」が複数の町の踊りを観られる機会ですが、それぞれの町で、謡い方や踊り方が少しずつ違うそうです。 今では、平成の大なんとか?のせいか、「富山市」になっているそうですが、昔の「町」単位の暮らしを守って、子供から大人まで全員参加の「風の盆」、"家族崩壊"や"独居老人"なんて言葉はない?のです。 特に女性の踊り手が、編笠を深く被っているところは、どこかの国のマスカレード??と共通するところがある気がするのですが・・ 観光客は、「静かに見させていただく!!」のですが、少しでも雨が降れば、全面中止、・・・・どこかのイベントのような「雨天順延」なんか、ないのです。 
 連日36℃の猛暑の2010.9 八尾の街「日本」を感じる「風の盆」・
深夜、観光客のいなくなった地方(じかた)だけの町流し、三味線と胡弓、歌い手、の"ジャムセッション" ・・名人の歌う「おわら」は、
まさに、『・・・闇の中に声が走る・・・』のだそうです。

【Part-1】・・・街歩き
【Part-2】・・・夜の「おわら」
【Part-3】・・・番外編(雨晴海岸)≪予定≫

≪MP3で正調 おわら節をどうぞ≫
    ↓
http://yanai.la.coocan.jp/index1009yatsuo.htm

2010/09/09 08:09:58

ウィーン・ザルツブルグの旅⑦最終回 ベルヴェデーレ宮殿...

ベルヴェデーレ宮殿の前庭では立葵、千日紅、ブルーサルビアなど秋の花が咲き乱れていた

ウィーン・ザルツブルグの旅10
2009年10月5~14日
年に一度の今年の海外旅行はクラシック音楽の中でも私がもっとも多くの好きな曲のあるモーツァルトが生まれ活躍したザルツブルグとベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットがあるウィーンを訪れました。
ウィーンは5年前に中欧3国のツアーで一度立ち寄りましたが再度たずねたくなる魅力あふれる街で、今回はオ-ストリア1カ国に絞り、ハプスブルグ王朝の文化遺産と音楽と自然の美しさを堪能した旅でした。
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10月12日(月)
ウィーン最後の日は雨で始まった。テレビの気象予報では曇りで気温は12℃。小雨の中をベルヴェデーレ宮殿美術館のクリムトの絵を目当てに出かけた。
最寄の駅から10分もあるが仕方がない。途中で同じ宮殿に向かうオーストラリアから来た老夫婦と一緒になった。
It’s a long wayと同じように感じていたようだ。
宮殿は左右対称の立派なもので、緑青色の屋根が美しい。展示は3フロアあり、目当てのクリムトは2階で、有名な「接吻」以外にも風景画なども含め多くの作品があった。
「接吻」は1908年作で国立美術館に即買い上げられたそうだ。
日本語のオーディオガイド付きなので他のオーストリアにかかわりの深い画家や宗教画などもある程度理解できた。
北側には広々とした庭園があり、ベージュと茶の二色の砕石と芝生や植木で描かれた美しい模様がどっしりとした石造りの宮殿を優美に見せている。
芝生を嘴でほじくり返すカラスは小柄だが悪質に見えた。

庭園北側にあるバロック美術館は素通りしてベージュと茶の2色の壁が美しい楽友協会の横を通って繁華街へ出た。
途中グランドホテルの中をのぞいたら地下に野菜、果物、肉、パンなど豊富に並べたデパ地下ならぬホテ地下が見えた。
昼食は天満屋となりのMAMA’S KITCHENというウィーン料理の店に入った。見て、中身を聞いて注文したのは パンと卵などを混ぜたこぶし大のパン団子(クヌ-デル)をスープで茹でたものを、肉と野菜の煮込みと一緒に食べるもの。
一緒に食べると塩味がちょうどよい。煮込みは酸味が効いてシチューとは違った味だ。食後はケルントナー通りをぶらつきながらおみやげのモーツァルト・チョコレートや民芸品などを買った。
夜のコンサートに備えてひとまずホテルへ戻り、ほかに客のいない一階のカフェで紅茶を飲みながら日記を書いている。
ガラス天井からのやわらかい光が気分をほぐしてくれる。
楽友協会はKarlsplatz駅からすぐで7時半にはついた。ロビー横のクロークにコートを預け、バウチャーと引き換えにチケットを受け取った。ミキトラベルへ行って購入したのはE54の席だが、受け取ったのはE79の前から6列目のよい席だった。
本日のプログラムをE5で購入。7:40にブザーが鳴って入場開始。この楽友協会大ホールは毎年ニューイヤーコンサートが行われ超有名なだけあって、開始前の記念撮影で舞台の前は混雑した。
ウィーンモーツァルトオーケストラによる演奏のプログラムは前半が交響曲35番、94番、ドンジョバンニ、フルートとハープのための協奏曲など、後半はフィガロの結婚、アイネクライネ・・・など。
いろいろな種類の音楽が聴けてすごくよかった。オペラなどふだん聴く機会は無いので。アンコールも大サービスで、フィナーレは新年と同じラデツキー行進曲で聴衆も手拍子で歓喜に酔いしれた。
ホテルに戻ってから1階のバーでワインを飲んだ。旅行の最後の夜のすばらしいコンサートの後なので、ほっとした安堵感と疲れが入り混じり、いい気分でこの旅行を思い返した。
本日の歩数:約16000歩(13日空港で20826歩)

10月13日(火)
昨日の天気とはうって変わり朝から快晴だった。テレビの気象番組によると朝6時の気温は6℃で日中の最高気温が8℃とのこと。
8時にはすべての帰り支度が整い空港に向かうには1時間早すぎるのでホテルの近辺に出かけてみた。
外は風がすごく強く、すぐにコートの襟を立てた。日が昇って間もないので、通りの一部や高い建物の上部だけがまぶしいほどの陽を浴びて輝いている。
すぐ近くの教会の白い塔が真っ青な空にそびえていた。
このあたりでは通勤や通学、買い物などごく普通の生活が見られ、繁華街とはまったく異なる雰囲気が興味深い。交差点の近くにCAFE KONDITOREIというカフェがあったので朝食に入った。
(ANANASの朝食はオプション)
メニュー看板でEgg Breakfastを注文すると、オレンジジュースのあとしばらくして出来立てのゆで卵、あたたかいパン、クリームでハートの模様を描いたウィンナコーヒーが運ばれてきた。
年配のマエストロはカフェ店主らしく気の利いたサービスをしてくれた。ホテルのビュッフェ朝食ではこういうことはない。
ホテルの裏側へ回ると地下鉄駅PILGRAM GASSEの昔ながらの年代を感じさせる立派な出入り口があり、朝の通勤客が急いでいた。
9時過ぎにチェックアウトを済ませ、中央駅からは9:40発の空港ライナー16分で着いた。

帰国便 ウィーン発アエロフロート・ロシア航空SU262便 12:00発 エアバスA319
モスクワにてSU575便 エアバスA330に乗り換えモスクワ19:20発 成田着10:00
モスクワではお目当てのマトリョーシカ(木製重ね人形)を7体重ねと5体重ねの2個買った。
モスクワを出発するとき時差を1時間間違えて危うい思いをした。乗り継ぎ便での一人旅ではくれぐれも注意が必要だと思った。成田到着は予定より少し早く9:23に無事着陸した。
   ────────────────────────
◇ 今回の旅行記はこれで終わります。ウィーンとザルツブルグの二都市での連泊のため移動の疲れは少ない代わり歩いた距離は約80Km(13万歩)に達しました。
◇ 天候はおおむね良好で傘をさして観光することはありませんでした。気温は6日午後の28℃から13日朝の6℃まで変化は大きかったですが湿度は低いので不快なことはありませんでした。
晴れたのは3日間だけで、あとは曇りや薄日が差す天気で、写真撮影にはコントラストが強すぎずかえってよかったと思いました。
◇ この旅行記は撮影した写真の解説書も意図していますので駅や通りや店の名称など原語も併記したところがあります。

◇写真機材  カメラCANON EOS40D レンズ EF-S 17-85 IS USM
       Nikon COOL-PIX 5400(楽友協会ホールの写真)
◇費用精算  航空券(諸税、手数料含む)    75410円
        ホテル(3箇所 8泊)       76380円
        交通費(ザルツブルグ゙往復含む)  25270円
        半日ツアー、コンサート各2回   24120円
        入場料、食事、カフェ、バー    43310円
        おみやげ             27250円
        モスクワでのおみやげ、飲食    20290円
       合計                292030円
  為替レート1E(ユーロ)=134円  1ルーブル=3.1円
   ────────────────────────
ウィーン・ザルツブルグの旅①~⑦をご覧いただきありがとうございました。私のホームページ「旅行写真展示室」には旅行以外の「四季折々の風景」、「食べる頁」、「随想録」など豊富なコンテンツを公開していますので、よかったらお立ち寄りください。

編集・公開2010.7  yamada423

2010/09/09 04:09:41

ライン川下り・・・・・・・1993年のドイツの旅(1)...

★ 1993年5月ドイツへ。この時は未だ関空が工事中で、伊丹空港からの出発。
当時のヨーロッパ行きは夜の出発。フランクフルトには早朝着。
空港傍のホテルで簡単な朝食をとり、車でニーダーヴァルトの展望台へ。
初めて見るあのライン川に感激。それまでは、本で読み、ローレライの詩で憧れを持ち、
人に聞き、テレビでしか見たことのないあのライン川。 それが今、眼下にぶどう畑越しに
悠悠と流れている。 寝不足と早朝の為、夢では無いかとホッペを抓る。 痛い!本物だ!
今の時代の人にはドオーってことのないライン川でしょうが、僕達の学生時代はドイツ文学に
浸っていた時代で、とりわけドイツへの思い入れは特別なのです。だから笑わないで下さいね。
この時の感動は、その後のエジプト古代遺跡群、ベネチャ、オーロラ、カッパドキア、他
いろいろ思い出の地がありますが、それらに勝るほど深いものです。
★ 9時前に下の街リューデスハイムの“つぐみ横丁”にやって来たのですが、
時間が早いので、ワインを飲ますどの居酒屋も準備中。頼んで入れて貰った店で飲んだ白ワイン。
シュロス・ヨハニスベルガー。美味い! これは、オーストリアの宰相メッテルニッヒが、
ナポレオン戦争後のウイーン会議(“会議は踊る、されど進まず”で有名)で、
オーストリアを有利に導いた功績により、パプスブルク家より贈られたヨハニスベルグ城、
その城に付随するぶどう畑で採れるリースリング種で作られたワインで、ドイツ最高の名醸。
どうしても飲みたいワインでしたので感激!
リューデスハイムの街は散歩していても大変楽しいウキウキする街です。
★ リューデスハイム発10時15分の観光船に乗船。
いよいよ憧れの“ライン川下り”、1時間40分の船旅です。 甲板上は皆とても陽気。
川の両岸にはラインの古城が見え隠れする。子供のころ本や映画の騎士道物語で育った僕には
古城といえども本物の城に、胸に込み上げてくるものがあります。 その中の幾つかは、今
ホテルになっているので、いつかはぜひ泊まりたいと強く思ったのですが未だに泊まれていません。
“ローレライの岩”に近くなると、船に“あの曲”が流れ始めます。すると、一瞬に船上は静寂。
それまでワイワイがやがや賑やかだったのに、“ローレライの岩”に対する思いは外国人も
皆同じなんだ。 “ローレライの岩”って本当に凄い物なんですね。
この船で今は亡き、植木 等さんにお会いし一緒に写真を撮りました。ファンだっただけに
とても良い思いでです。凄く気さくで優しい人でした。
11時55分にザンクト・ゴアール着。 車で、古城ホテルになっているシェーンブルク城へ。
ライン川を見下ろす古城のレストランで、初めて鹿のステーキを食す。
牛より少し硬く、においにも癖があるが美味しく食べられたのも素敵なレストランの賜物。
この城のテラスから見たライン川の美しさは素晴らしいものでした。今も瞼に焼き付いています。
★ これより、また車でこの日の宿泊地ハイデルベルグへ。

◎ 2010年6月にそのシェーンブルク城に泊まることが出来ました。    感動! 【ラインの古城(1)を読んでみてください】 2010.8追記。

2010/09/02 08:09:11

2009ウィーン・ザルツブルグの旅(総集編)(写真増補)...

ウィーン ベルヴェデーレ庭園のライオン天使像  2009.10.12

2009ウィーン・ザルツブルグの旅10(写真増補版 72枚 2010.9.1)
    
この旅行記は公開後、日付毎に分割編集しました①~⑦
写真の枚数も全部で280枚に増補しましたのでたっぷりご覧になれます。興味ありましたら元画像に拡大して御覧になることをお勧めします。
細部まで見ることができます。拡大は無料です(笑)
 
2009年10月5~14日
年に一度の今年の海外旅行はクラシック音楽の中でも私がもっとも多くの好きな曲のあるモーツァルトが生まれ活躍したザルツブルグとベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットがあるウィーンを訪れました。
ウィーンは5年前に中欧3国のツアーで一度立ち寄りましたが再度たずねたくなる魅力あふれる街で、今回はオ-ストリア1カ国に絞り、ハプスブルグ王朝の文化遺産と音楽と自然の美しさを堪能した旅でした。

10月5日(月)
出発便 成田発アエロフロート・ロシア航空SU582便 12:00発 エアバスA330-200
モスクワにてSU263便 エアバスA319に乗り換えウィーン着22:00 (時差7時間)
今回は直行便ではなくモスクワ経由としたのは運賃が約半額であるのと帰りにおみやげにマトリョーシカ(木製重ね人形)を買うためである。
インターネットで調べたアエロフロートの評判は芳しくなかったが、実際には機材は真新しい機体で、機内食も他のキャリヤーと変わらなかった。違いは日本人の乗務員がいないことぐらいであった。格安航空券ではなくペックス・スーパーバリュウというお買い得チケットで十分満足できた。

エアバスA330は240人乗りの中型機で座席は2-4-2列。ジャンボジェットよりもこじんまりして落ち着ける感じだった。
モスクワまでの隣席は大卒後専門学校の学生で、来年3月に卒業予定で友人と3人(一人は韓国人)でプラハに行くのだという。
機内食の最初の昼食は特に印象には残らないが、夕方に出た二度目(軽食)のラザニアはとてもおいしかった。
ちょうど10時間でモスクワのシェレメチェボ空港に到着。外は小雨で11℃とのこと。
着陸寸前に上空から見たモスクワの印象は緑が大変多い街であるということだ。

トランジットの保安チェックは、特に手荷物・身体チェックに手間取り、全員靴まで脱いだ。
それが済むと待合スペースで、みやげ物店、免税店、飲食店などかなり多くの店が連なるターミナル2の内部はネットの書き込みとは異なりかなりゆったりして椅子の数も十分だった。
出発まで2時間以上あるのでIrish Barでスモールラガーをたのんだら105ルーブルだった。(後で調べたら1ルーブルは約3円強)
ウィーン行きは14番ゲートで、近くの12番ゲートでは東京行きの搭乗が始まっていた。

2時間半ほどの飛行でウィーン空港に着き22:30発のリムジンバス約20分で中央駅まで行き、そこからタクシーで市庁舎裏のRange gasse(ランゲ通り)のHotel Zisperに到着。
三ツ星ホテルでバスタブ(浴槽)は無いが熱い湯が出たので温熱療法のようで気持ちよかった。水道水はアルプスの雪解け水が源なのでそのまま飲んで差し支えないと書いてあった通りで、カルキ臭もなくおいしかった。無事に到着して一安心。ホッ!

10月6日(火)
3時半に目が覚めてしまったが、二度目は目覚まし時計で6時半に起きた。食堂は地下にあり、ビュッフェ形式でかなり豊富な食べ物が用意されていた。ハム、ソーセージ、チーズ、ヨーグルト、各種ジュース、牛乳、ジャム類、シリアル、フルーツ類などと、保温容器に入った焼きベーコン、卵料理。
一日歩き回るので朝食をしっかり食べることは重要なので助かる。マダムがティーorカフェと聞いてテーブルまで運んでくれる。食後玄関を出て空を見上げると晴れていた。
フロントで最寄りの地下鉄駅Rathaus(市庁舎)を教えてもらった。市庁舎は中央にゴシック建築の尖塔のある巨大で豪華な建物で存在感に圧倒されてしまう。
その横を通ってフォルクス庭園(市民庭園)へ行くと花の時期を過ぎたバラ園の彼方に市庁舎の塔が朝日に輝いていた。公園では遠足に来ていた小学生たちに出会った。

続いてホーフブルグ(王宮)のシシー博物館と皇室の居室、宮廷銀器コレクションなどを見学した。最後にここに住んだ皇帝フランツ・ヨーゼフ皇帝夫妻の居室やエリザベート皇紀の生涯、膨大の数の銀食器や陶磁器、金メッキのダイニングセットなどハプスブルグ家の栄華を偲ぶことが出来る。シニア割引のある入場料には日本語のオーディオガイドも含まれているのでたっぷり見ることが出来たが、ガイドツアーのグループも多く、追い越して進まないといつ終わるかわからないようだった。

見学の後、地下鉄Nestroyplatz駅近くのミキ・トラベルに行って明日の「ウィーンの森半日観光」(E58)(Eはユーロ)と12日の楽友協会ホールでのモーツァルトコンサートのチケット(E54)を購入した。

シュテファン広場Stephanplatzへ戻りグラーベン通りのオープンカフェでシュリンプサラダとビールの昼食。足取りが重くなったがシュテファン寺院裏のモーツァルトハウス・ウィーンに行くことにした。モーツァルトはウィーンに11年間住んだが9回も引っ越したといわれ、ここが唯一現存する家だ。
アパートメントの1~3階を占める10以上の部屋があり、ビリヤード台のあった12畳ぐらいの広い部屋もあって経済的に余裕のある時期を過ごしたのであろう。賭け事も好きで借金に苦労した時期もあったそうだ。ここでもオーディオガイドが役立った。「フィガロの結婚」はこの家で書かれた。

午前中は雲が多かったが午後は快晴となり陽射しが強く、暑くてコートは着ていられない。写真はコントラストが強すぎて具合がよくない。シュテファン寺院の中に入ってベンチで休憩しながら日記を書いている。

ケルントナー通りをそぞろ歩きながら路地奥の郵便局で絵葉書用の切手を買った。郵便局は文具なども販売しているコンビニもかねているよううだ。看板もポストも黄色がシンボルカラーらしい。帰りがけに明日の午後の集合場所ALBERTINA美術館を確認に行くと客待ちの観光馬車フィアカーが何台もとまっていた。

ホテルに戻って一休みし、着替えてから帰りにホテルの近くに見つけたAdam’sというビァレストランへ出かけ、ターフェルシュピッツというウィーンの名物料理をたのんだ。
コンソメスープで茹でた牛肉の薄切りに擦り下ろしたホースラディッシュ(西洋わさび)と付け合せに細切りポテトのソテーが付く。さっぱりした味でビールにもよく合う。
今回は歩数計を携帯することにした。本日の歩数:19010歩

10月7日(水)
夜中の雨音が激しかったので心配したが朝は見事に晴れていた。市庁舎方向に向かって昨日より一本南側の道から国会議事堂の脇に出た。さすがかつてのオーストリア帝国の議事堂だけあり立派で、民主主義発祥のギリシャの建築様式を取り入れているのだそうだ。

リンクRingと呼ばれる環状大通りを少し行くと、内側の王宮庭園には白い大理石の大きなモーツァルト像が建っており、前の芝生には赤いベゴニアで描かれたト音記号が美しい。

外側にはマリアテレジア広場を挟んで自然史博物館と美術史美術館が同じ形の美しい姿を並べている。今回は美術史美術館のみに入った。内部の中央階段や天井画、大理石の床の模様なども豪華なものだ。たくさんの絵画の中ではブリューゲルの「雪中の狩人」「農民の婚礼」「バベルの塔」、ヴェラスケスのスペイン王女マルガリータ・テレサの肖像連作などがよく知られている。2階ホールのゴージャスなカフェ・ゲルストナーCafé Gerstnerにてコーヒーで一休みし、隣席の人と写真を撮りあった。

午後のウィーンの森半日観光の出発はアルベルティーナ美術館前からで、女性ガイドの館野さんと参加者7名が9人乗りのワンボックスカーで出かけた。ウィーンの森南コースは市内から小1時間で着き、最初に寄ったのはリヒテンシュタイン城で外観の見学のみ。

次は石材採掘跡の地底湖SEEGROTTEで、地下20米ぐらいで6千平米もあり透明度の高い神秘的な湖だ。暗闇の湖をボートで一周した。気温は9℃一定で湿度は97%もあるそうだ。ここにはナチスの戦闘機部品工場跡が残されている。

カフェタイムの後、シューベルトが「冬の旅」の「菩提樹」の曲を書いた宿の跡のホテルに寄り2代目の菩提樹と泉(手漕ぎの井戸)を見学した。最後は女子修道院マイヤーリングを見学して6時少し前に市内へ戻った。

ウィーンの森の想像したイメージはもっと木々が生い茂った深い森であったが、実際は箱根や軽井沢に近い印象だった。
夕食には早すぎたので王宮沿いにぶらぶら歩きヘラクレス像が4体も構えるミヒャエル門にさしかかった。ここも名所らしく観光のグループがいくつも見られた。

そこからグラーベン大通りの途中にブランドショップが並んだコールマルクト通りがあり、ショーウィンドウの写真が一番きれいに撮れるたそがれ時を迎えていた。

夕食はオペラ座近くの天満屋にしようと思っていたが少し遠いので近くにあったシーフード店NORDSEEに入って白身魚のグリルにマッシュルームソース、ポテト、白ワイン1/4ℓ。
E16.25の内ソービニオンブランのワインがE7で魚より高かったがベストチョイスだった。

食後はグラーベン通りやアンティーク通りなどをそぞろ歩き、ショーウィンドウやにぎやかなレストランのテラス席を写したりしながらシュテファン広場に行ってみると、大勢の人だかりの中で若者たちが片手倒立などのマッスル大道芸に興じていた。
本日の歩数:19146歩

10月8日(木)
午前中にザルツブルグに着きたいので6時前に起きた。朝食に行ったらまだ一組しかいなかった。7時にチェックアウトして地下鉄駅Rathausに向かう途中、正面から昇ったばかりの朝日がまぶしかった。途中Volkstheaterで乗り換え7時半にはウィーン西駅に着いた。
切符売り場を探しザルツブルグ行き2等片道を買った。(E47.5  317Km)

列車は6番ホーム8:20発ザルツブルグ経由ミュンヘン行きで暗赤色の機関車が牽引する。ECONOMY KLASSと書かれた2等車両はFIRSTより少なく混んでいた。隣席は日本人でフルートを持った女の子を連れた知り合いらしい男性で、レッスンの合間に今日はザルツブルグへの日帰り観光とのこと。

ハイスピード列車という車内放送があったがモニター表示では200Kmまでだった。
ザルツブルグへ近づくにつれて山と牧草地が混在するアルプスのような風景が多くなってきた。11時少し過ぎに到着した。西口駅前はバスの発着所や低層のオフィスビルが多い商業地域で観光地の雰囲気はまったくない。
ネットで予約したホテルLasserhofは駅の南側の線路をくぐった東口側にあり、歩いて行ける距離で外観からすぐにわかった。昼前でチェックインは出来ないので荷物を預け、市内観光地図を貰って新市街の中心にあるミラベル広場向かった。
そこのパノラマツアーの案内所で湖水地方のザルツカンマーグートSALZKAMMERGUTをめぐるツアーを申し込んだ。(E50)今日はまずまずの天気だが明日から悪くなるとの予報なので予定を早めて今日の午後行くことにした。

ミラベル広場では大規模なマーケットが開かれており、野菜、果物、パン屋、肉類、チーズ、お花、リース飾り、雑貨などを商う店やその場で食べられる料理を出す店などで中心にある教会の周りが埋め尽くされていた。
そこでグヤーシュというハンガリー料理が元でパプリカ味の肉、野菜たっぷりのスープを昼食にした。
マーケットは秋の味覚にあふれており、めずらしいキノコ類やカボチャ、動物の人形など見飽きることがない。客と売り手のやり取りも活気があって写真の好材料だ。

2時出発のツアーは「サウンドオブミュージックツアー」といい、物語に登場する土地や教会などを訪ねるもので参加者10人が大型バスで出かけた。ガイドはこちらに13年住んでいる高森さんという男性で、「ザルツブログ」を書いているとのこと。

フシュル城、サンクト・ギルヘン、湖上遊覧、サンクト・ヴォルフガング、モントゼーなどをめぐる4時間のツアーでは映画の場面と関連付けて説明してくれたが、私は見ていないのでなんとも。でも湖上から眺める景色はすばらしく、緑の牧草地、花に飾られた家々、教会、ホテルなど、絵のような、という表現がふさわしい。
サンクト・ギルゲンのモーツァルトハウスの前ではモーツァルト像の前にたむろする少年たちに撮ってくれよとせがまれた。モーツァルトの母と姉が住んでいた家が今は役場Rathausになっている。

6時近くにミラベル広場へ戻った。今日の明るい曇り空は写真撮影には最適だった。
ザルツブルグSALZBURGはその名の通り塩で栄えた都市なので、みやげに岩塩を買った。

夕食はホテル近くのビァレストランPitter Kellerへ入った。オーストリアではドイツの影響が大きいためかワインよりビールが多く飲まれるらしくビァレストランはよく見かける。小グラスビールに1/2フライドチキンとポテトサラダでE13.80 レモンが半個ついておりさっぱりとした味で、酸味が少々強いポテトサラダとともにこれがオーストリアの味か、と思いながら食べた。本日の歩数:18696歩

10月9日(金)
3日間かなり歩いたので今朝はゆっくりすることにした。でも昨夜は9時過ぎには寝てしまったので7時にセットした目覚ましは必要なかった。
7時半に食堂へ行っても早いせいかまだ客は少なかった。ビュッフェスタイルの朝食はウィーンと同じほどの品々が揃っており十分満足できた。特に果実の絵が描かれた容器に入った6種類のジャムは気に入った。

初めて絵葉書を書いた。切手はウィーンで買っておいたので出かけるときにポストを探しミラベル公園近くで投函した。ホテルの出がけにフロントで乗り物や名所の入場が出来るザルツブルグカード48hr E32を買った。大変便利でお得なカードだった。

ミラベル公園の庭では赤いベゴニアで描かれたあざやかな模様が印象的で、遠くにお城を望む構図はガイドブックの「るるぶ ウィーン・・」の表紙そのものだ。

公園を出てすぐ近くのマルカスト広場に面したモーツァルトハウスを見学した。ここは二度目に住んだ家で、オーディオガイドで曲の演奏も聴けてすごくよかった。聴いたことのない多くの作品が紹介されて、あらためてモーツァルト好きが高じてしまった。

次にバスも通る大きな橋(ザルツァッハ川に架かるシュターツ橋)を渡り旧市街へ向かった。市街へ入ったとたん、狭い道の両側にびっしり立ち並んだ家並みは5,6階建てぐらいで、想像していたのとは大きく異なり見渡しが効かない迷路のようだった。

モーツァルト広場を横切り、歴代大司教の宮殿であるレジデンツを外から、大聖堂のドームには中へは入って見学した。数々の絵がちり嵌められた天蓋は実に見ごたえがあり、立派なパイプオルガンは見るだけではもったいない。このオルガンはヨーロッパでも最大規模でモーツァルトも1779年から奏者を務めたそうだ。

レジデンツ広場から南に見える小高い山の上にあるホーエンザルツブルグ城へ行くことにした。まずケーブルカーで登り、城塞の外周に着くと、そこからザルツブルグ市全体が見渡せる絶景に出会うことが出来る。
城のミュージアムでは築城の様子や武器の類、城での生活の様子、楽器などいろいろあって書ききれないが、いずれも面白かった。城の中庭で会った花嫁さんやお茶目な男の子など写真を撮らせてもらった。

見学途中で昼食代わりに持ち合わせのスナック菓子しか食べていなかったので、城を下りてガイドブックで探した有名なカフェ・トマッセリCafé Tomaselliへ入った。コーヒーをと言っていろいろ種類があって迷っているとウェイターが行ってしまい、再度来たときにブラックティー(紅茶)を注文するとChanged your mind?と怪訝な顔をするから、そーだよ、コーヒーは選ぶのが難しいからと笑いながら言ってやった。
有名なケーキはウェイトレスがトレイに載せてきたのを選び会計も別々だった。いくつもの層の間にフルーツが入った食べ応えがありおいしいケーキだった。

一息入れたので旧市街の中心部にあるモーツァルトの生家Mozarts Geburtshausへ行ってみた。外観の黄色い壁はよく手入れされた感じで、内部には幼いころのヴァイオリンや鍵盤楽器、楽譜、肖像画、書簡などが多数展示されている。

街一番の繁華街のゲトライデ小路Getreidegasseには店のシンボルを表現した鉄細工の看板がたくさんあり、絵になる風景だ。写真の題材として格好の被写体である。

5時を過ぎてこの後どうしようかと考えながらぶらついていると、同じ場所を堂々巡りしてしまい我ながらいやになってしまった。昨日のガイドが推奨していたザッハーホテルHotel Sacher Salzburgのレストランに行くことにした。
Salzach Grillでウィンナーシュニツェルと赤ワイン。薄い牛肉のパン粉をつけたカツではなく天ぷらのような衣をつけて揚げたもので、色はキツネ色ですごくおいしかった。支払いのとき請求書が挟まれた折片紙に店名、メニュー、日付などを書いてサインしてもらった。

ホテルにはピアノバーがあると書いてあったので行ってみた。そこでゆっくりとピアノを聴きながらバランタインのロック。宿泊のホテルは一泊E59の三ツ星だがザッハーホテルでの食事やバーの雰囲気はなんと贅沢な気分になれるのだろう。(食事とバー合わせてE55)

隣の席の子連れの夫婦が「どこの国から来たの?」と声をかけてくれたので話が始まり、彼らは奥さんがドイツ人で旦那はユーゴスラビア人。12,3歳のはにかみ娘だった。
トイレから戻ってくるとピアノ演奏がまた始まっており2杯目のスコッチを注文した。

今夜はまさに至福のとき。音楽好きの連れがいればとの願望は贅沢すぎるというもの。
歩いて帰るころにはしっとりと小雨が降り始めていた。楽しい一日を無事にホテルに戻れて感謝〃〃 。これだから一人旅はやめられない。 本日の歩数:13905歩

10月10日(土)
夜間に少しではあるが降っていたので天気が気になったが朝にはやんでいた。旧市街の主要なところは昨日見て回ったのであまり急ぐ必要もなく、ゆっくり朝食をとった。

今日はバスに乗ってみることにして、フロントで地図にあるバス停の○印とバスの進行方向を確かめた。ザルツブルグ議会の前で乗り、橋を渡ってモーツァルト広場で降りた。

まだ10時前なので観光客は少なく、とりあえず広場に面したインフォメーションiで明日の列車の時刻表をもらい、すぐ前のザルツブルグミュージアムを見学した。古代遺跡の発掘品や音楽関係の展示、地下の絵画などを見たがあまり印象は強くなかった。
その後セントピーター寺院の教会コンサートのチケットを買いに行ったが、寺院では売っておらず結局i内のチケットサービスで手に入れた。(E18)

モーツァルト広場では高校生のバンドの演奏が始まり大勢の見物客が取り囲んで聴き入った。広場近くのMOZARTというカフェでツナ入りのスパゲティーを食べたが塩味がかなりきつかった。このころから薄日がさしてきた。コップの水がご馳走だった。

旧市街を東に向かい祝祭劇場東端のカラヤン広場前から22番バスで郊外まで行ってみた。住宅街からすぐに田園地帯に出てしまい町が大きくないのがわかった。25分ぐらい西に走ると遠くに城塞がよく見えた。終点でしばらく停車したあと元の停留所Karajan-Platzまで戻り、マカルト小橋たもとにある遊覧船の発着所に行き16時発のチケットを買った。

乗船まで1時間以上あるのでいったんホテルへ戻る途中、橋の上でカモメにパンを投げ与えキャッチするところを写して遊んだ。実に上手に捕るものだと感心した。

ミラベル公園横のフュルストFurstでおみやげのモーツァルト・クーゲル(球形のチョコレート菓子)を買った。ザルツブルグでしか買えないと8日のガイドに言われていた。

16時に曇り空の下で出発した遊覧船は満席だった。350馬力のエンジン搭載とアナウンスしていたが、スクリューではなくジェット噴流で推進力を得る形式のためと後方デッキにいたのでやけに音がうるさかった。船上からも城塞がよく見え、やはりザルツブルグのシンボルなのだと感じた。

7時からのセントピーター寺院でのモーツァルトコンサートは半地下にあるロマネスクホールというそれ程大きくないホールなので身近で聴けて大変よかった。50人ほどの聴衆は私を含め殆どが年配の人で「年金コンサート」のようだった。ピアニストはナターシャ・ルバネンコというロシア人で曲目はソナタKV570とKV331の2曲。後の曲は最終楽章が「トルコ行進曲」として有名な曲だ。   本日の歩数:16638歩

10月11日(日)
明け方音を立てて雨が降っていたので今日は一日だめかという気がして少々気が重い。
でも8:08の列車でウィーンに戻るのでしっかりと朝食を食べて支度をした。

7時半にチェックアウトして外に出てみると小雨。傘を広げてキャスターケースを押しながら駅に向かった。切符売り場は臨時のプレファブの建物内でそこには大きなロッカールームがあった。出発は「8:08ウィーン西駅 4番線」の表示で確認した。

車内はガラガラでテーブルのある4人席を最初一人で使った。車内で大いびきをかいて寝ている人がいて、周りの人と顔を見合わせてクスクス笑ってしまった。
座席のあちこちに赤いパンフレットが置いてあるので中を見ると、この列車の終点までの停車駅と時刻、駅ごとの接続列車の時刻などが詳細に記載された時刻表で、終点のウィーン西駅からの空港バスの時刻まで載っている。なんと親切で実用的なのかと感心した。

9時半にリンツ(オーストリアで人口が第二の都市)に着くと一人でいた席に3人家族が着いた。ウィーン大学の学生であるという娘と父親の写真を撮らせてと頼んだら、娘は「オーストリアのファミリーとして撮って」と言うのに父親は照れて目を閉じてしまった。

撮れたのはほのぼのとしたファミリー写真だ。置き場に困った父親の右手が・・・。
列車は定刻に着き、ウィーン西駅からホテルのあるPilgramgasseまでは地下鉄で4駅と近い。駅の目の前が今日の4つ星ホテルANANAS。昼前であったがすぐにチェックインできた。豪華さはないが部屋の広さもゆったりとして十分。なによりバスタブがあるのが気に入った。一週間湯舟につかっていないのでゆったり入って疲れを取りたいと思っていた。

ウィーンに着いたときには雨はすっかり上がり薄日が差していたので、一休みしてから本日の目的地のベートーヴェンゆかりの地ハイリゲンシュタットへ向けて出発した。市の中心から5Kmほど北にありベートーヴェンハウスと小川に沿ったベートーヴェンの散歩道がある。
ガイドブックの地図を見ながらベートーヴェンハウスを探した。地元の婦人にたずねると親切に教えてくれた。十字路にある教会が目印で、ベートーヴェンの夏の家(外観のみ)と難聴に苦しみ兄弟宛の遺書を書いた「ハイリゲンシュタットの遺書の家」を見学した。こじんまりした家でザルツブルグやウィーンのモーツァルトハウスと比べると質素な感じだった。でもデスマスクや遺髪などを見ると真に迫るものがある。

そのあと落ち葉を踏みしめながら英雄通りEroicagasseを通って「田園」の曲を構想したといわれるベートーヴェンの散歩道Beethovengangを歩いた。水の流れは幅50cmぐらいでほんとうに小川だ。周辺は秋の落葉で彩られて、のどかだがちょっとうら寂しさが漂っている。新緑のころはまた異なっているのだろう。交響曲第6番「田園」は多分春から初夏にかけて書かれたものだろうかと考えた。小鳥のさえずりや雷など生き生きした感じがするので。

西のほうへ更に行くと上り坂となり、小高くなった丘陵地帯にブドウ畑が広がっていた。
住宅街に戻るとさまざまな色合いの美しい家が並んでおり、ウィーンの住宅建築の展示場を見ているようで、しかも自然とよく調和している。

ヤリスYaris(トヨタヴィッツの欧州生産車)の手入れをしている女性がいたので、ヤリスですねと声をかけると、「この車5年前に買ったけれどすごく気に入っているのよ」と笑顔で答えていた。ワイパーに積もった黄葉が季節感をかもし出していてよかった。

だいぶ歩いて疲れたので、車が通れない小道を通って市電の終点グリンツィングGrinzingまで歩き、駅前のカフェPUCCO’Sに入って紅茶とケーキで一休みした。
帰りは市電38番に乗ってKarlsplatzまで戻り夕暮れ時のオペラ座や周辺の景色を写した。

夕食は初めて日本食をと思って天満屋へ行った。てんぷらメニュー(刺身、ひじきの煮つけ、たっぷりのてんぷら、ご飯に味噌汁)とキリン生ビール、グラス白ワイン(E40)
8時ごろホテルに戻り、フロントで変圧器を借りた。携帯に充電しないとメール写真が写せなくて困っていたところだった。四ツ星ホテルのありがたさだ。本日の歩数:18136歩

10月12日(月)
ウィーン最後の日は雨で始まった。テレビの気象予報では曇りで気温は12℃。小雨の中をベルヴェデーレ宮殿美術館のクリムトの絵を目当てに出かけた。最寄の駅から10分もあるが仕方がない。
途中で同じ宮殿に向かうオーストラリアから来た老夫婦と一緒になった。It’s a long wayと同じように感じていたようだ。宮殿は左右対称の立派なもので、緑青色の屋根が美しい。展示は3フロアあり、目当てのクリムトは2階で、有名な「接吻」以外にも風景画なども含め多くの作品があった。
「接吻」は1908年作で国立美術館に即買い上げられたそうだ。日本語のオーディオガイド付きなので他のオーストリアにかかわりの深い画家や宗教画などもある程度理解できた。

北側には広々とした庭園があり、ベージュと茶の二色の砕石と芝生や植木で描かれた美しい模様がどっしりとした石造りの宮殿を優美に見せている。芝生を嘴でほじくり返すカラスは小柄だが悪質に見えた。庭園北側にあるバロック美術館は素通りしてベージュと茶の2色の壁が美しい楽友協会の横を通って繁華街へ出た。途中グランドホテルの中をのぞいたら地下に野菜、果物、肉、パンなど豊富に並べたデパ地下ならぬホテ地下が見えた。

昼食は天満屋となりのMAMA’S KITCHENというウィーン料理の店に入った。見て、中身を聞いてたのんだのは、パンと卵などを混ぜた大きなパン団子(クヌ-デル)をスープで茹でたものを、肉と野菜の煮込みと一緒に食べるもの。
一緒に食べると塩味がちょうどよい。煮込みは酸味が効いてシチューとは違った味だ。食後はケルントナー通りをぶらつきながらおみやげのモーツァルト・チョコレートや民芸品などを買った。

夜のコンサートに備えてひとまずホテルへ戻り、ほかに客のいない一階のカフェで紅茶を飲みながら日記を書いている。ガラス天井からのやわらかい光が気分をほぐしてくれる。

楽友協会はKarlsplatz駅からすぐで7時半にはついた。ロビー横のクロークにコートを預け、バウチャーと引き換えにチケットを受け取った。ミキトラベルへ行って購入したのはE54の席だが、受け取ったのはE79の前から6列目のよい席だった。
本日のプログラムをE5で購入。7:40にブザーが鳴って入場開始。この楽友協会大ホールは毎年ニューイヤーコンサートが行われ超有名なだけあって、開始前の記念撮影で舞台の前は混雑した。

ウィーンモーツァルトオーケストラによる演奏のプログラムは前半が交響曲35番、94番、ドンジョバンニ、フルートとハープのための協奏曲など、後半はフィガロの結婚、アイネクライネ・・・など。いろいろな種類の音楽が聴けてすごくよかった。オペラなどふだん聴く機会は無いので。アンコールも大サービスで、フィナーレは新年と同じラデツキー行進曲で聴衆も手拍子で歓喜に酔いしれた。

ホテルに戻ってから1階のバーでワインを飲んだ。旅行の最後の夜のすばらしいコンサートの後なので、ほっとした安堵感と疲れが入り混じり、いい気分でこの旅行を思い返した。
本日の歩数:約16000歩(13日空港で20826歩)

10月13日(火)
昨日の天気とはうって変わり朝から快晴だった。テレビの気象番組によると朝6時の気温は6℃で日中の最高気温が8℃とのこと。8時にはすべての帰り支度が整い空港に向かうには1時間早すぎるのでホテルの近辺に出かけてみた。
外は風がすごく強く、すぐにコートの襟を立てた。日が昇って間もないので、通りの一部や高い建物の上部だけがまぶしいほどの陽を浴びて輝いている。すぐ近くの教会の白い塔が真っ青な空にそびえていた。

このあたりでは通勤や通学、買い物などごく普通の生活が見られ、繁華街とはまったく異なる雰囲気が興味深い。交差点の近くにCAFE KONDITOREIというカフェがあったので朝食に入った。
(ANANASの朝食はオプション)メニュー看板でEgg Breakfastを注文すると、オレンジジュースのあとしばらくして出来立てのゆで卵、あたたかいパン、クリームでハートの模様を描いたウィンナコーヒーが運ばれてきた。
年配のマエストロはカフェ店主らしく気の利いたサービスをしてくれた。ホテルのビュッフェ朝食ではこういうことはない。ホテルの裏側へ回ると地下鉄駅PILGRAM GASSEの昔ながらの年代を感じさせる立派な出入り口があり、朝の通勤客が急いでいた。
9時過ぎにチェックアウトを済ませ、中央駅からは9:40発の空港ライナー16分で着いた。

帰国便 ウィーン発アエロフロート・ロシア航空SU262便 12:00発 エアバスA319  モスクワにてSU575便 エアバスA330に乗り換えモスクワ19:20発 成田着10:00
モスクワではお目当てのマトリョーシカ(木製重ね人形)を7体重ねと5体重ねの2個買った。
モスクワを出発するとき時差を1時間間違えて危うい思いをした。乗り継ぎ便での一人旅ではくれぐれも注意が必要だと思った。成田到着は予定より少し早く9:23に無事着陸した。

◇ 今回の旅行記はこれで終わります。ウィーンとザルツブルグの二都市での連泊のため移動の疲れは少ない代わり歩いた距離は約80Km(13万歩)に達しました。

◇ 天候はおおむね良好で傘をさして観光することはありませんでした。気温は6日午後の28℃から13日朝の6℃まで変化は大きかったですが湿度は低いので不快なことはありませんでした。晴れたのは3日間だけで、あとは曇りや薄日が差す天気で、写真撮影にはコントラストが強すぎずかえってよかったと思いました。

◇ この旅行記は撮影した写真の解説書も意図していますので駅や通りや店の名称など原語も併記したところがあります。
◇写真機材  カメラCANON EOS40D EF-S 17-85 IS USM
       Nikon COOL-PIX 5400(楽友協会ホールの写真) 
◇費用精算  航空券(諸税、手数料含む)    \75410
       ホテル(3箇所 8泊)      \76380
       交通費(ザルツブルグ往復含む)   \25270
       オプショナル半日ツアー、コンサート各2回   \24120
       入場料、食事、カフェ、バー    \43310
       おみやげ             \27250 
       モスクワでのおみやげ、飲食    \20290
       合計               292030円 
    為替レート  1E=134円  1ルーブル=3.1円

写真は元画像に拡大して御覧ください。  次の画像へ>>
日付毎に編集した①~⑦の写真総数は280枚あります。

編集・公開 2010.5  yamada423
写真増補改訂 2010.9.1(72枚)

2010/09/01 12:09:03

2004春、韓国紀行12(13):5月4日(1)束草・大浦港...

<2004年5月4日(火)>

<元祖、純豆腐(スンドウプ)の店で朝食>
 Muさんは、今回の旅行のために実に色々と調べてくれていました。今朝の元祖・純豆腐の店もそうでした。テポドンからもソクチョの街中からも離れた郊外なので、行きはタクシーを使いました。
 バスでは、朝飯が昼飯に代わってしまうことを避けたためです。勿論、冗談でですが、Muさんがタクシーの運転手さんに地図で示しても中々理解してもらえなかったので、バスを使わなかったのは正解でした。しかし、一度場所がわかれば、帰りはソクチョの街中までバスを利用しました。
 Muさんの下調べによりますと「ソクチョへ来たら、立ち寄ってみたい元祖・スンドウプ名店街」のような表現だったようです。実際には数軒の店が建ち並んでいただけなので、タクシーの運転手さんが戸惑った理由がわかりました。
 ところで、その元祖の店のスンドウプは、実に美味でした。豆腐の造り方から凝っていました。多分、素材の大豆も精選してあるのでしょう。大き目の白い器で運ばれてきた豆腐は、薄い塩味ながら素材の持つ深みが感じられました。味加減、辛味加減は各自で好きなように調整できました。キムチも何種類もついていました。
 元祖の店は二軒並びで、それぞれに元祖のオモニの写真が大きく飾ってありました。元祖争いと言う感じではなく、共存して相乗効果を狙っているようでした。元祖の文字と同時に「KBS」の文字があったのは、韓国観光公社のお墨付きを表していました。中々風光明媚な立地でしたから、何枚か記念写真を撮って、元祖の店に別れを告げました。その値段、1人当たり500円でした。

<束草散策、ケッペ乗船>
 これは日本へ戻って知ったことです。「冬のソナタ」と並んで「秋の童話」も話題を呼んでいるようです。韓国ドラマ界のカリスマ、ユン・ソクホ監督の春夏秋冬四部作の第1作です。勿論、「冬のソナタ」も同監督による作品です。その「秋の童話」のロケ地の1つがケッペのあるアバイ村です。アバイとは、「お父さん」の意味の方言のようです。
 この僅か100mほどの小船の渡し、ケッペで主人公の二人がすれ違う場面や、アバイ村で撮影がされことが紹介されていました。これは、この小冊子を纏めるに当たって買い込んだ、冬のソナタに関する2冊の内の1冊に記載されていました。宝島社刊行の「韓国ドラマの旅」です。どうやらユン・ソクホ監督は、こんなノスタルジック豊かな場所を好んで撮影場所に使う監督のようです。
 それともう1つ、ユン・ソクホ監督は、すれ違い演出の名人でもあるようです。先日、車で走りながらラジオ放送を聞いていましたら、やはり「冬のソナタ」のすれ違い場面が話題になっていました。

 「狭い春川第一高校のような狭い場所ではすれ違うのに、どうして広いソウルでは直ぐに出会えるの?」

 との女性ジョッキーの質問に対し、ベテランのコメンテーターは、少し話題をずらしながら、

 「昔、日本でもすれ違いの名場面がありました。『君の名は』と言う名画でした。原節子さんは美人でしたよ」

 と、言ったやり取りでした。
 元祖スンドウプの店からバスでソクチョ市内にやって来ましたので、海岸を散歩したり、ケッペに乗ったりして朝の時間を過ごしました。海岸線で一番驚いたのは、鉄条網がかなりの部分で撤去されていたことです。無防備になったわけではなく、監視台には相変らず見張りの兵士が詰めていました。
 綺麗な海岸に鉄条網は似合いません。お隣の国のことではありますが、南北の緊張緩和、太陽政策の効果であれば好ましいことではあります。しかし、江陵(カンヌン)沖での潜水艦事件の記憶が残っていますので、半信半疑でこの情景を眺めました。

<早くなった陸路での半島横断>
 ソクチョからインチョンまでの交通機関の選択では、色々迷いましたが、結局高速バスで向かうことにしました。飛行機であれば、1時間前に空港に行く必要がありますし、空港へのアクセス時間も無視出来ません。今回、早めに行動しましたので、時間的な余裕もあり、3人で相談のうえ、陸路を選びました。飛行機乗り継ぎの行程でない限り、半島横断の30分弱のフライトより、陸路の方が便利のようです。
 実際に高速バスで半島を横断しましたが、途中の景色なども楽しめます。道路整備の効果なのでしょうか、4時間半はかかると見ていた行程が、3時間半に短縮されていました。運賃も1人当たり2千円と安くて済みました。つい、国内線での飛行キャンセルの場合の払い戻しの難しさも頭に蘇ってきました。濃霧で飛べなかったのは、ヤンヤン空港ができる前のソクチョ空港の時の事です。
 チュンチョンからソクチョへのバス移動の時に、ドライブインで置き去りにされた人を目撃したばかりなので、お互いに注意しあいながら、バスに乗り遅れないように気を配りました。
 この半島横断の時には快晴に近い天候に回復していました。朝はたっぷりと食事をしましたので、昼食は高速バスターミナルの売店で買ったおつまみとビールで済ませました。以前にも、パンとチンロを買い込んでバスに飛び乗ったことがありますので、経験済みのことです。昨晩の干蛸の残りもツマミになりました。

<仁川到着、宿探し>
 途中何のトラブルもなく、予定通りインチョンの市外高速バスターミナルに到着しました。新しく出来たこの市外高速バスターミナルは、総合バスターミナルになっていて、地下鉄へのアクセスも便利です。到着した後、直ぐに地下鉄へ向かいました。1回乗り替えで、目的地の仁川駅に着きました。仁川駅は仁川港に近い駅です。仁川広域市自体の中心地は、その隣の東仁川駅付近だとされます。
 この場所で宿を探すことにしたのは、インチョン国際空港が出来て間も無く、月尾島(ウォルミド)からフェリーで空港島へ渡り、そこからバスで空港へ向かうルートを探し出したことによります。フェリーの乗船時間は10分少しの僅かな時間です。そのフェリーでは、カッパ・エビセンをカモメに投げ与えて、短い船旅を大いに楽しむことができました。今回も、できるならこのコースで国際空港に向かいたいものと考えました。
 仁川駅は、先ほど到着したバスターミナルや地下鉄が綺麗に整備されたのに対し、昔のままの古ぼけた小さな駅のままです。高速道路は整備されていますので、鉄道だけは置き去りにされているようです。
 その仁川駅近くでの宿探しは、駅前付近にあった看板が目印になりました。駅前通に面していると、夜中や早朝に車騒音で悩まされそうなので、少し奥に入った場所にしました。その宿は看板の矢印に従って探しますと、中華街の入口の左手でした。値段も今回の旅行では一番安い3万ウォン、1人当たり3千円でしたから、直ちに、そのホテルに決めますた。
 ここでの支払いを済ませても2万ウォン程が手元に残りました。最初に預かった1人30万ウォンだけが元手なので、どうやら最後の夕食を含めて、この金だけで間に合いそうになりました。

<月尾島のアクセス確認>
 宿が決まったところで、明日の帰国に備えてアクセスの確認に出かけました。ウォルミドのフェリー乗り場まではタクシーと決めていましたので、問題は早い時間でのフェリーの運航状況でした。大韓航空機を使用した場合、夕方の便なので、改めて確認する必要はありませんが、アシアナ航空機の場合には、早朝になるためです。
 ウォルミドから仁川駅前に戻って、もう一度バスの確認を行いました。この時点ではフェリーを諦めていました。朝の早い時間は、30分に1歩程度の便数であり、波が高くなって欠航した時のことも考えての上でした。それで、直接空港行きのバス乗り場や時間などを確認するために駅前に戻りました。もし、バスが駄目なら、タクシーで走っても1時間ほどです。駅前なので、タクシー乗り場は直ぐ近くにありました。
 昨年末のソウル1人旅行の際、ソウル駅前から乗った大韓航空のリムジンバスが、ソウル市内を何箇所か回った後で、仁川駅前を通ったのを覚えていました。それで、一般路線バスを含めて複数の国際空港行きのバスが走っていることが期待できました。
 一番の問題は、バスの行き先です。折角乗ってもソウル駅方面に逆戻りではパニックです。実はこれが中々分かりませんでした。道路を挟んで両側にバス停があるのですが、どちらが正解か、暫く様子を見てからにしました。正解は駅前の方でした。それでもこの時は完全に確信が持てたわけではありませんでした。飛行機マークが付いたバス停なので、当りも外れも1/2の確率ではありますが、朝の早い時間の場合には、外れの場合に咄嗟の行動が難しくなります。

<自由公園>
 仁川を見下ろせる小高い丘に、「自由公園」と呼ばれる一角があります。最初は「万国公園」と呼ばれていたようですが、朝鮮戦争以後、この名で呼ばれるようになりました。その理由は、仁川上陸作戦を指揮したマッカーサー将軍の銅像が立てられたことに由来します。
 将軍は、戦後はじめて日本の厚木基地に降り立った時、パイプを手にしていたとされます。この銅像では右手に双眼鏡、左手をポケットに入れたスタイルでした。将軍は、色んなことを計算し尽くした上でのスタイリストのようです。この公園、昼間は当時を偲ぶお年寄りが、夜は若いカップルのデート場所になると、ガイドブックなどでは紹介されています。
 この公園は、今回が2回目のように記憶しています。最初は、Muさんと二人で訪れた時です。チャイナタウン散策のついでに、その丘まで登って仁川市内を眺望しました。高層住宅などが最初に目に付きました。仁川港もここから一望できました。上陸作戦の時に、丘の形まで変わったといわれる戦争の傷跡は、今はもうありません。記念碑などが僅かに当時を偲ばせる手がかりとして残っているだけの、のどかな公園となっています。植木の手入れがよく、季節の花が各種満開でした。花鳥風月と言う蔭のテーマの締めくくりに相応しい公園でした。

<最後の晩酌は餃子の店で>
 公園散策で晩酌準備が出来たところで、店を決めることにしました。何となく餃子が最大公約数に落ち着きました。中華料理の定食風では、ボリュームが多すぎるのではないかとの思いも共通していました。餃子専門店も探しておきましたので、開店早々の店に入りました。ほかにお客はない時間なので、準備をしながらの客対応でした。
 まだ私服を着た店主らしき人は、日本語が上手でした。それで注文は各種の餃子の特徴を聞きながら、一品づつを頼み、特に美味しかった餃子は、追加注文することにしました。
 この店の餃子には満足しましたが、1つだけ残念なことがありました。昭興酒が置いてなかったことです。先ほどの店主と思しき方が奥に入られたので、別の方が対応されましたが、日本語は余り通じませんでした。最初に持って来てくれた小壜は、多分高粱(コウリャン)酒です。アルコール度はウイスキー並です。安くて酔うのには便利ですが、決して美味しい酒ではありません。
 結局、ボトルが置いてある位置まで行って、昭興酒が無いことを確認してから諦めました。無ければ仕方がありません。ビールと焼酎です。
 計算しながら飲んだわけではありませんが、締めて約2万ウォン残った金で間に合いました。最初に預かった30万ウォン・3万円だけで今回の費用は事足りました。追加徴収は一切必要ありませんでした。旧名、オリンポスホテル、現在、パラダイス仁川ホテルに名を変えたカジノでの勝負事は、紙数が尽きてきましたので、残念ながら割愛させて頂きます。


  束草の海岸で
 潮騒を聴きつ旅路の足ゆるり

 鉄の棘無き白浜や春の朝

  ケッペの渡しで
 手漕ぎ舟そろりそろりと春の湾

 春陽射す低き家並に北遠し

2010/08/29 10:08:00

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