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MP3 花、ガーデニング ガーデニング 球根に関する旅行記
- 2005秋、韓国紀行14(14):11月6日(1)カンファド...
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<2004年11月6日(日)>
昨日、第一陣が帰国、Muさんと別れてからは一人旅行となりました。今日と明日の2日間です。私の場合、前回の旅行の時に、時間切れで中途半端になった江華島(カンファド)観光が主な目的でした。
昨晩、少し強い雨が降りましたが、朝までには、すっかり上がっていました。紅葉の時期ですから、その雨で散り敷いた落葉が、各地で最高の見所となりました。まさに、紅葉狩にとっての恵みの雨でした。
<早起きして江華島へ>
この日のメモから紹介します。仁川バスターミナルを出発したのが8時50分、江華バスターミナルに到着したのが10時25分でした。この間、1時間35分掛かりました。
7:15 起床
8:00 ホテル出発、地下鉄駅へ
8:30 仁川バスターミナル着
8:50 仁川バスターミナル出発
9:00 朱安駅前通過
9:05 漬物浦駅前通過
9:20 佳佐インターチェンジ横通過
10:13 ガルサン・ジャンクション横通過
10:20 江華大橋通過
10:25 江華バスターミナル到着
これは、後で気がついたことですが、仁川バスターミナルから出発した江華島往きのバスは、泊まったロバートホテル前を通過しました。空港往きのバス停と同じ場所でした。ここで乗ることも出来ましたが、時刻表は掲示されていません。何時、来るか分からないバスを待つのも結構しんどいかもしれません。
このバス経路はゴールデンウェークの時に経験しました。道路が混雑している時間帯では、2時間掛かることを覚悟して、計画しなくては、慌ててしまうことになります。10時20分に江華大橋を通過しましたが、ここからバスターミナルまでは僅かの距離です。時間でも5分ほどでした。
バスの中からの見学でしたが、仁川市内を通過するとき、昨夜来の雨で、街路樹である銀杏の落ち葉が歩道いっぱいに散り敷いていました。江華島までの途中でも、十分に紅葉狩を楽しむことが出来ました。
<江華島到着、まずは腹拵え>
ゴールデンウィークの時以来、2回目の江華島のバスターミナルですから、様子は分かっていました。念のために、戻りのバスの時刻も確認しましたが、10分から15分間隔で運行されていました。先ずは、腹拵えです。
バスターミナルビルの中の店は、まだ開いてないところもありましたが、軽食の店は2、3軒開いていました。遅い朝食の時間でしたから、昼のことを考えて、軽食にしました。丁度作りたてのキンパップ(韓国風海苔巻)の店がありましたので、その店に決めました。
男の方が、一人でやっていた店でした。4、5人も座れば満員になりそうな狭い店です。最初に、持ち帰りか店で食べるかを聞かれました。その言葉は、理解できませんでしたが、手振りで、直ぐに分かりました。持ち帰りに便利なキンパップですから、テイクアウトの客が多く利用する店かも知れません。キンパップにスープとキムチ、タクアンが付いて、2千ウォンでした。
キンパップはゴマが良く効いていました。この地で採れた野菜類もいっぱい入って、具が端から大きくはみ出していました。空腹のせいもあったでしょうが、作り立てを美味しく戴きました。アブラゲの入ったスープも丁度いい塩加減でした。値段表の通り、2千ウォン、日本円では約2百円の朝食でした。
<市内見学、江華山城跡の紅葉>
バスターミナル駅近くの露天市と江華島人参センター(カンファ・インサム・センタ)を見学した後、歩いて観光できる範囲で、市内散策をしました。最初が江華土産品販売所(カンファ・トサンプン・パンメジャン)、次が江華山城の城壁跡と南門と旧市街散策です。
最初に江華土産品販売所ですが、葦野原の向こうに立派な建物がありましたので、これが江華歴史館(カンファ・クサグァン)と勘違いして、訪ねました。観光案内図には大雑把な地図かありませんでしたから、距離感覚などが掴めなかったためです。後で、もう一度観光案内を読み返しましたら、江華大橋を渡った直ぐの場所に、江華歴史館があることが分かりました。
この江華土産品販売所を歴史館と勘違いして、2階への石段を登ろうとしましたら、1階のお土産店の人が、「2階は閉まっている」と、身振りを交えて教えてくれました。せっかく歩いてきた建物ですから、1階に展示してあった江華島の特産品の展示や建物の写真を撮って、次の江華山城の城壁跡に向かいました。
城壁は部分的に復興され、「江都南門」の額が掛かった門も直ぐに見つかりました。ガイドブックから江華山城のことを少し引用します。「13世紀前期、高麗高祖の時に、モンゴルに抗戦するために、江華島に遷都された際、構築されたのが江華山城」とあります。東西南北の4箇所に大門があったようです。
この南門付近の紅葉は見事でした。先ず最初に銀杏です。昨夜来の雨で散り敷いた黄色の葉が、辺り一面を覆い尽くし、大木にはまだ黄葉が見所を十分に残していました。それにも増して奇麗だったのが楓の紅葉でした。同じように紅葉が地面を覆っていましたが、少し緑が残った樹もあり、微妙なコントラストを醸していました。
写真だけでは、その雰囲気が十分に伝わらないかも知れませんが、しっとりとした紅葉の景色に心打たれました。その紅葉の見所を、昨夜来の雨が、誠に見事な演出を見せてくれました。石垣に這う蔦の紅葉などもあり、この場所の見学だけで、江華島へやって来た甲斐がありました。
この南門を潜ったあと、少し旧市街らしい一角を散策しました。さすがに、「島全体が歴史博物館」と言われるだけの雰囲気を漂わせる家並がありました。
<江華島の農産物>
ガイドブックを見ますと、江華島の特産物は朝鮮人参です。今回、目にすることはありませんでしたが、島には人参畑が広がっているようです。バス停から程近い場所に、共同販売所の江華島人参センター(カンファ・インサム・センタ)があります。その建物の中は、すべて朝鮮人参とその関連の商品で埋め尽くされていました。
朝鮮人参は、年月をかけて栽培されているようです。ガイドブックにも「6年物の高級品」などの文字が見えました。それぞれのお店で、大きさ別に仕分けされていましたが、栽培年数によるものでしょう。大きな人参は、複雑に球根と根が付いていて、見ただけでも値段が高そうでした。しかし、ソウルだと10万ウォン以上する品が、ここではその数分の一の値段で入手できるようです。
バスターミナル付近は露天の市が立っていて、野菜や果物が並べられていました。先ず、赤カブです。店の人がナイフで切ってくれ、生で食べて、味を確かめているお客を見かけました。この日もかなりの数の赤カブがあちこちの店先に並べられていました。この赤カブに限らず、畑から、今採ってきたような、土が付いている品物が普通でした。
赤カブ以外には、次の写真でも紹介しました生姜、サツマイモのほか、ニンニク、ネギ、茸、青唐辛子、赤唐辛子、かぼちゃなど様々でした。キムチを漬ける時期を少し過ぎていたのでしょうか、白菜は余り見かけませんでした。
果物類もこの季節、柿を初めとして葡萄などや、ドライフルーツの専門店もありました。こちらはレモン、イチジクなどでした。山菜は少し時期を過ぎていたのか、セリが店頭に並んでいたくらいです。
<市場の中での昼食>
本通にはレストラン風のお店もありましたが、せっかく江華島へやって来ましたので、昼食は市場の中に決めました。市場の見学の最中にあちこちに、食事が出来る席が設けてあったからです。その市場は、天井が高く、優に100mは超える細長い建物の中にありました。
朝食が10時半頃でしたから、まだ2時間程か経っていません。それで、出来るだけ軽い食事にしようと探していましたら、饅頭(マンドウ)のお店が見つかりました。その店の前に差し掛かった時、呼び込みを受けました。「メクチュ?」と聞いてみましたら、「ネー」の答えが返ってきましたので、その店に決めました。
饅頭(マンドウ)は、店先に蒸かす前の品が4、5種類並んでいました。指差しで「イゴッ(これ)」と、野菜が沢山入った品に決めました。野菜餃子と言った一品でした。
味の方は中々でした。見学した市場に並んでいた野菜類が沢山使われているようでした。少し歯応えもある野菜は、促成栽培で無い本物の味がしました。量の方も、1品で十分お腹が膨れました。必ずキムチが付いてくるのも楽しみです。このキムチも、地元の野菜で作られたばかりの品のようでした。
食事が終ろうとした時に4人組のお客さんが見えましたが、空いている席が無いのを見て、別の店に向かおうとしました。それで、この席が空くからと手振りで示しました。そのメンバーの内の人が席の向かいに座られましたので、最後の饅頭を食べてから、「ケーサン・チュセヨ(計算してください)」と頼みました。この饅頭が4千ウォン、3千ウォンのメクチュと合わせて7千ウォンでした。
<支石墓見学は失敗>
実は食事の後、韓国の巨石文化、支石墓を見学する予定でした。しかし、間違ったバスに乗ってしまいましたので、残念ながら実現しませんでした。次回の楽しみになりました。
バスに乗った場所は、バスターミナルではなく、食事をした市場から本通りに出たところでした。支石墓の写真がそのバス停にありましたので、ここでバスを待ちました。やってきたバスの運転手さんに「ドルメン?」と確認しましたら、首を縦に振られたので、2千ウォンを料金箱に入れて乗り込みました。
ところが、走っている途中から、支石墓とは違う方向に走っていることに気が付きました。地形から判断して、江華島を西ではなく、南に向かっていることが分かりました。しかし、途中で降りても仕方ありませんので、そのまま仁川バスターミナルに向かいました。
今度は江華大橋ではなく、その南の草芝大橋を通過しました。その橋を渡る直前に、手元の観光案内地図を見ながら、バスの中から徳津鎮や草芝鎮の見学をしました。首都ソウルを守るために、海岸線に沿って構築された砲台を持つ要塞です。
橋の直ぐ近くの草芝鎮は、1656年に構築された要塞です。李氏朝鮮時代の1875年、江華島に接近した日本の軍艦、雲揚号が発砲されたことから、後に江華島事件として、近代史に名を残しています。
<夕方は仁川市内散策>
別のルートでしたが、帰りも1時間半ほどで仁川のバスターミナルに到着しました。時刻は、午後の3時頃でした。ホテルに戻る前に、仁川市内散策をすることにしました。バスはバスターミナルには入らずに、付近の路上が終点でした。その場所から歩いて付近の散策です。
バスターミナルビルに隣接したビルの前に、屋外ステージがあり、そこではテコンドーらしき武術を使ったショーが始まっていました。音楽に合わせて、5、6人の若い人が次々に技を披露していました。最初に見たのが、連続板割りでした。5人が持った板を、一回の連続動作で足と手で割ってしまうと言うショーでした。5枚のうち、1枚だけは残りましたが、見事に4枚が割れ、大きな拍手を受けていました。
続いて、ビルの地下街の方も散策しました。大変な人出で、買い物客などで賑わっていました。日本からの出店も複数あり、お寿司の店、てんぷらの店、和菓子の店などが軒を並べていました。どのお店も洒落た造りで、店員さんも若い人が多く働いていました。
晩酌の時間までは少し時間がありましたが、少し早くホテルに戻って、小休止をとることにしました。今日も、かなり歩きました。
<今日もホテル近くの鮮魚店で>
昨日の鯖の刺身が美味しかったので、今晩も同じ店にしました。戴いた名刺には、キムさんの名前と、カンウォン・マリーンの名前が記載されていました。入口横の水槽で、鯖が元気に泳いでいることを確認したうえで店に入りました。
注文を取りに来てくれたのは、キムさんとは別の人でした。しかし、昨日、鯖のメニューが壁に張ってあることを教えてもらっていましたから、それを指差し、メクチュ(ビール)とペクセチュ(百歳酒)も注文しました。鯖の調理方法について、細かく聴かれましたが、「サシミ」が通じず、少し手間取りました。この時、キムさんが笑顔で席にやって来ましたので、「サシミ」が難なく通じました。
座った横の席で、女性の二人組みの方が食事と晩酌を楽しまれていました。どうやら、キムさんのお店の常連さんらしい方です。キムさんがその横に座って、ショジュ(焼酎)を注いでもらっていました。キムさんが、半分冗談風に、「ガールフレンド!」と私に照会してくれました。
そのキムさんに、ペクセチュを注いで上げましたら「こちらの席で一緒に飲みましょう」と言うことになりました。お店も、まだそんなに混んでいませんでしたから、キムさんも時間の余裕があったのでしょう。
お店の人が、私の頼んだ料理やお酒もそちらの席に移動してくれました。昨日と同じように、キムさんが「サービスです」と言って、秋刀魚の塩焼き後に、握りも運んで来てくれました。ペクセチュとショジュを追加して、暫く賑やかな席になりました。言葉が不自由でも、コミュニケーションの大きな支障にはなりませんでした。鯖の刺身も、ペクセチュも最高に美味しい晩酌になりました。
<ノレバン>
賑やかで楽しい晩酌の中で、「ノレバンに行かないか?」と言う話になりました。ノレバンがカラオケの店であることは知っていましたので、「カラオケ・オッケー」で話しがまとまりました。日本語の歌詞の歌もあると言うことを確認したうえでした。
キムさんのお店が入った同じビルの3階にそのノレバンの店がありました。そのお店まで、キムさんが先導してくれて、エレベーターで上がりました。
ノレバンのお店の内装は、かなり高級な造りでした。先ずテレビ画面の大きさに驚きました。さすがに世界的な企業、サムスン(三星)が活躍している国です。余り多くは知りませんが、日本のカラオケボックスより数段大きい画面でした。横幅で2mを軽く越えていました。操作スイッチは最新版で、音響設備も凝って、迫力がありました。照明設備も中々の雰囲気になっていました。
キムさんが話されていたように、日本語の歌詞の曲もかなりの数ありました。数百曲といったところでしょう。部屋も広く、ゆったりとしたソファーとフロアでした。飲み物やツマミのサービスもありました。
キムさんやお友達のお二人も、このノレバンの常連客のようでした。中々迫力のある歌や、情感溢れる歌を聞かせてもらいました。4人で順番に歌い、私も日本語歌詞の中から知っている曲を探して、5、6曲歌いました。
このお店でも、あっという間に1時間余りが過ぎました。ちゃんとしたレシートに打ち出された請求額は、4人分で3万2千ウォンでした。キムさんが払おうとされましたので、まとめて、私が精算を済ませました。一人当たり千円も掛からないお値打ちなお店でした。
キムさん達に、明日帰国することと、再会を約束して、お店の前で別れました。旅行の締めくくりに、楽しい夜を過ごしました。
江華島、山城跡で
城壁は途切て蔦の紅葉哉
城跡の石組み白く楓燃ゆ
城の門開放たれて舞う銀杏
狂咲く皐月や銀杏舞降りる
江華島、市場で
土の香を畑より運ぶ秋の市
秋の蝿追いつ市場の昼餉時
江華島散策
秋薔薇(そうび)花一輪や狭き庭
秋惜しみそぞろ歩くや北の島
仁川の鮮魚店で
韓(から)の酒舌に絡めて鯖の刺し
席交え夜長の宴尚続き2010/08/29 06:08:30
- ロンドン出張2 2009年11月...
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14日(土)
オリンピア『The Master chef live』本番収録
夕食 肴菜亭 MADDOX ST W1R 9HH K・O・スー・リッキー
夜 OXFORD Circusに夜景撮影
15日(日)
Abby roadに散歩 ~昼食 オックスフォード イタリアン×
ノッティングヒル 栗原買い物付き合い・和佳乃ガーデニング手袋お土産(3£)
夕食 ノッティングヒルに戻り バランタインと食事
16日(月)
シェファーズブッシュ駅前 westfield shopping center お土産和佳服ドレス、靴他・フォリスターで美和 Zaraでナツ
パディントン駅でバーガーキング JAL402便 帰国(17日)~家族でガスト2010/08/28 11:08:03
- インフィオラータこうべ2010 神戸北野坂 花を 敷き詰め...
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「インフィオラータ」とは、イタリア語で「花を敷きつめる」という意味で、道路・広場などに花びらなどにより絵模様を描き、鑑賞に供するというイベント。
イタリアのジェンツァーノ市をはじめ、ヨーロッパの各都市で実施。
神戸では、「まちづくり」、「環境」、「集客・観光」などを視点に置き、春の全市的イベントとして平成9年に初めて開催し、今年で13回目を迎え。
道路や広場に花びらを敷き絵を描くもので起源はイタリア各地の
礼インフィオラータ(it:Infiorata、イタリア語の直訳は「花を敷きつめる」)である。
震災犠牲者の鎮魂と傷ついた人々の心を癒すために、まちを花で美しく彩りたいという思いの象徴として、イタリア、ローマ県ジェンツァーノ市のインフィオラータにヒントを得て、1997年から毎年4月に行われている。
使用する花びらは、球根栽培によって不要になったチューリップの花びらで、富山県、新潟県の産地より送られてくる。 三宮東会場にて1997年に初開催され、その後、神戸市内の会場に広がった。
イタリア、ローマ県ジェンツァーノ市のインフィオラータは2世紀以上も前より開催されており、2004年からは、神戸と友好を深めている。
2006年には、スペインのオロタバ市が市制500周年記念事業として、「ワールドインフィオラータ」を開催。 世界のインフィオラータが一堂に集うインフィオラータに神戸チームも招待され、参加している。
第1回は三宮東会場にて神戸芸術工科大学が絵のデザインを行った。 第2回以降の花の絵は広報誌などによる一般公募で、それぞれの実施団体がその絵を決定する。
またその制作にはボランティアが中心となっており、市民参加型イベントである。
その後、長野県や横浜市など、日本各地でインフィオラータが広まっている。
イベント [編集]
ライブ演奏〔手前〕とファーマーズマーケット〔奥のテント内〕(2008年5月/北野坂)
インフィオラータ神戸では、開催期間中に合わせて各種イベントを行うなど、来場者をもてなすための催しを行っている。コンサートやライブ、写真展、大道芸、ファーマーズマーケットなど多種多彩なイベントは、ゴールデンウィークの余暇に訪れた多くの来場者の好評を得ており、祭典の雰囲気に彩りをそえる、欠かせないものとなっている。
開催地 [編集]
2007年開催地
三宮東 - 三宮あじさい通り
元町あなもん - 元町穴門商店街
西元町 - 元町6丁目商店街
北野坂 - 北野坂・ムーンプラザ
マリンピア神戸 - 三井アウトレットパーク マリンピア神戸
過去に開催したことのある場所
垂水・舞子 - 舞子ヴィラ日本庭園
六甲アイランド - リバーモール2010/08/19 07:08:33
- シンゲルの花市場を歩く...
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アムステルダムで私が一番気に入った場所、それはシンゲル運河沿いにある花市場でした。ここには、いろいろな花の球根などがたくさん売られていました。
なお、このアルバムは、ガンまる日記:シンゲルの花市場を歩く[http://marumi.tea-nifty.com/gammaru/2010/08/post-498f.html]とリンクしています。詳細については、そちらをご覧くだされば幸いです。2010/08/15 02:08:07
- 「南インドのスイス」??へ...
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さて、「南インドのスイス」と称される、ニルギル高原鉄道は2005年に世界遺産に指定されている稀有な名所です。
(*後日、調べました。このような山岳鉄道はインドでは現在、3つしかなく、その3つ全てがユネスコの世界遺産に登録されています。①ダージリン・ヒマラヤ鉄道②カルカ:シムラー山岳鉄道③ニルギル山岳鉄道(古い順)。世界でもこうした小さな山岳鉄道は20くらいしか無いらしい。)
ニルギル高原の最後の町がウーティ(Ooty or Udhagamandalam)です。
19世紀初頭に英国の避暑地として開かれ、当時のマドラスの夏季政庁となっていました。
50年位前まで、南イングランドとオーストラリアを足して2で割ったような(石造りの コテージが並び、花開くガーデニング整った庭々、入り組んだ路地、ユーカリそよぐ木々、と言った風情)閑静で美しいなところだったらしい。
特にこの5年くらいで、その汚れようはひどく、今ではかつての美しさは遠い昔のこととなった様です(現地の人の話)。
しかし街から離れると、以前と変わらぬ広大なお茶畑が広がり、その自然は今も存在し続けています。
For emergency pages;
http://www.geocities.jp/ariyan9910/eurasia4_162.html2010/07/19 10:07:37
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